さみだれの、あとに出でたる、玉の井は、
白坪なるや、一の宮かわ。
場所:愛媛県周桑郡小松町新屋敷甲428
聖武天皇の勅願で天平年間に伊予一国一宮の別当寺として建立され、金剛宝寺と呼ばれていた。洪水の被害をたびたびこううむったが、天養2年に再建されたとき、山号を天養山とした。豊臣秀吉の四国征伐の戦禍で壊滅したが、四国遍歴の行者、宥伝上人が再建、明治の廃仏毀釈で廃寺になったが、四国遍歴の行者、大石竜遍が復興させた。石鎚山で修業されていた弘法大師は、この寺で国司越智公夫人の安産を祈念されて以来、安産の観音ととして信仰を集めている。
太師堂
本堂
第62番札所 天養山宝寿寺
てんようざんほうじゅじ